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看護学生の心情
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患者の心情
はじめに
ナースコール
励ますこと
若者の悲劇
看護学生の入院

はじめに

 私は看護を目指すものであると同時に、生まれつき病気を持って生まれた患者でもあります。入院・手術というものも何度か経験しましたし、病気とは今後も付き合っていかなければなりません。それらの患者体験から色々と思うところがあるので、ここに書き記すことにしました。

 すでに医療スタッフとして働いている方々はもちろん、これから医療の世界に入ろうとする方々にも一読いただき、さらなる医療の質向上に努めてもらいたいと思います。

2001/08/14(Tue)
ナースコール

 入院中、私は何度も『ナースコールを押せない』ということを経験しました。

 予め看護師の方から「点滴が終了したらナースコールで知らせて下さい。」などと指示が出ている、ある意味で事務的なナースコールについては、迷うことなく簡単に押すことができます。 しかし、例えば「痛みが強くなったので、どうにかして欲しい。」というような、臨時の対応をお願いするためのナースコールは、なかなか押すことができません。

 これはちょうど病院に行くのが嫌だと思う心理と同じですね。「これくらいの痛みなら、何とか我慢できるかも…?」とか、「痛みを訴えたことによって何か苦痛な検査が追加されたり、新たな疾患が明らかになったりしないだろうか?」というような考えが頭の中を巡り巡って、ナースコールを押したくても押せないという状況が生まれました。

 また、入院初日の夜中、あまりの痛さに我慢し切れず、ナースコールを押したのですが、しばらくして現れた看護師は、他の患者さんのところへ行き、「今、ナースコール押されました?」などと聞き回っている…どうも誰が押したのか分からないシステムのようで…「夜中にナースコールを押すと、同室の患者さんに迷惑が掛かってしまう」という気持ちまで生まれたので、本当に「押せないナースコール」になってしまいました。。。

 ちなみに、よく「看護師さんが忙しそうにしてるから…」という理由で、ナースコールを押せないという話を聞きますが、看護師が患者さんに対して、「遠慮しなくて良いのに…」なんて考えているとしたら、ちょっと考えが甘いのかもしれませんね。。。

2000/11/25(Sat)
励ますこと

 たいていの場合、誰かがお見舞いに来ると「頑張ってね!」なんて捨てゼリフを残して去っていきます。恩を仇で返すような言い方になりますが、はっきり言ってこの言葉は不快でした。

 「頑張って」と言われると、「これ以上、どうやって頑張るんだ?」という感じで頭にきます。闘病中の患者というのは、本人が望んでいるか否かに関わらず、精一杯に頑張っています。病気による辛さ、検査や治療による辛さ…さまざまな辛さに耐えているのです。だから、どう見ても自分よりも楽そうな顔をした人に、「頑張れ」なんて言われる筋合いはないという感じがします。

 それに、実際に病気と闘ってみると、何もできない自分に憤りを感じます。頑張りたくても頑張り方が分からないのです…特に私の場合、自分ではどうにもできない病気だったので、「留年してしまうのではないか?」という不安に怯えながら、「早く退院したい」と熱望しているにも関わらず、自分では何もできず、手術で治してもらうのを待つだけという感じでした。だから「頑張れるものなら、もっと頑張ってるわ!!」という感じがして、不快な気持ちになりました。

 …と言うことで、パッと現れた見舞い客に励まされることは、決して嬉しくありませんでした。ただ、一度だけ本当に嬉しい言葉を言われたことがあります。

 それは『頑張りましょう』です。これは内視鏡手術を決意したときに、私の主治医が笑顔で言った言葉です。それまでは、『3時間以上かかる手術…嫌だなぁ…辛そうだなぁ…』とばかり考えていたのですが、この言葉を聞いて、『病気と闘っているのは自分だけではないのだ』ということを再認識しました。

 それどころか、『ある意味では、麻酔をかけられて寝ているだけの私よりも、3時間以上も立ったままで集中して手術をするであろうこの医師の方が辛いのでは? それなのに笑顔で頑張りましょうと言ってくれるとは…』とすら考えるようになりました。

 『頑張って』と『頑張りましょう』…似たような言葉ですが、その重みは全く違います。

 また、当然のことながら同じ言葉でも、誰に言われるかによって全く意味が違ってきます。パッと現れた見舞い客に『頑張りましょう』などと言われたら、ぶっ飛ばすかもしれません。それを言ったのが、“患者のために精一杯頑張っている”という印象を強く受ける医師だったので、私は励まされたのです。

 …と言うことで、患者を励ます場合、その言動には気をつけないといけませんね。特にその患者と自分との関係を考慮することが大切です。

2000/11/26(Sun)
若者の悲劇

 私が入院中、最も不快だったのが、「若い」ということに関連させて話をされることでした。

 例えば、「若いのに○○(病名)なんてかわいそうに…」と何度も言われました。確かに、私の病気はあまり若い人が罹る病気ではないかもしれません。でも、私の場合は、生まれつきの病気で、0歳のときから付き合ってきている病気なのです。だから…

 「誰がかわいそうなのか? 私はこれでも十分に幸せだと思っている。しかも、21歳でこの病気に罹っている私が若くてかわいそうと言うなら、0歳からこの病気と付き合っている私はどんなにかわいそうな奴だと言うのか? 私はそんなにかわいそうな奴なのか?」

 という気持ちになり、非常に不快でした。実際、私は病気のために苦しい思いをしましたが、別に不幸だとは思っていません。物心ついたときから病気と付き合っている私にとって、この病気に罹っているのが当たり前の状態なのです。運命だから仕方ないとかそういう次元ではなくて、これこそが『私』なのです。とにかく、幸せか不幸かは他人が決めるものではありませんよね?

 また、よく「若いから大丈夫だよね?」みたいなことを言われました。確かに若ければ治りが早いということがあるのでしょうが、辛いことに変わりありません。若くても辛いし、苦しいし…全然大丈夫ではないんです。だから、「若いから…」と言われると、「若いから何だよ?!」って、とても腹が立ちました。

 どうやら「若い人は基本的に元気で、歳をとってくると大変になる」みたいな固定観念がある人がいるみたいですね。どうにか考え方を変えて欲しいものです。

2000/11/26(Sun)
看護学生の入院

 入院したということで、私はよく友達や先生から「患者さんの気持ちが分かって良い」みたいなことを言われます。確かに病気の苦しみや検査、治療がどんなものかを実体験を通して知ることができるということで、これから看護をしていく上で、たいへん参考になる経験をしていると思います。でも、何か違う気がします。

 例えば、今回の入院で私は膀胱留置カテーテル(バルーン・カテーテル)を入れられたのですが、そのとき、私は「おっ!! 自分にカテーテル入ってるよ。よく病棟でカテーテルが入ってる患者さん見かけるけど、これでその人たちの気持ちが分かるんじゃない?」なんて思って、ちょっぴりワクワクしてみたりしたのです。カテーテル入れられてワクワクするなんて....普通じゃ考えられないですよね?

 私は看護学生として患者を体験しているので、一般の人たちとは違った視点から患者を経験しているということになるのです。

 …と言うことで、完全な患者の気持ちを体験しているのかどうかは疑問です。とは言え、さすがに一週間以上もカテーテルを入れられていると、「とにかく早く抜いてくれ!!」とか「一日だけでも良いから休みをくれ!!」という気持ちばかりになったので、本当の患者を体験できている気もするんですよね…よく分かりません。

 ついでに言うなら、同じことをされても人によって感じ方が違う訳で、自分の経験上 苦痛でなかったからと言って、苦しがる患者さんを前にして「苦しくないはず」などと思ってしまう看護者になるかもしれないという意味で、患者体験をすることが絶対に良いとも言えない気がしますね。

2000/11/27(Mon)

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