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暗く寂しい幸せ

 訪問看護実習も数日目になったとき、私はまたしても新たな衝撃を受けました。それが『療養環境の違い』でした。

 その日、私は2つの家庭を訪問しました。

 まず、最初に訪問した家庭…家族はみな働きに出ており、昼間は利用者一人でベッドに横たわっている。部屋は家の奥にあり、昼間でも暗いため、利用者は昼夜の区別がつかなくなりつつある(痴呆が進行していると懸念される)。荷物が散らかり、衛生上も好ましくない環境…そんな感じでした。

 この家庭を訪問し、私は疑問に思いました。

 「果たして、この人は本当にこのままで良いのだろうか? こんな環境で一人ぼっちに置かれるくらいなら、どこか施設に入った方がよっぽど幸せなのではないだろうか? この人にとって、在宅で療養する意義は何なのだろう?」

 次に訪問した家庭は、息子が医者をやっていたりして、なかなかの金持ちらしく、部屋の清潔さ、採光ともに申し分なく、ケアに使う用具まで利用者専用のものを用意している…という状態でした。しかし、利用者はいわゆる植物状態で、意識は全くない…

 醜い考え方かもしれませんが、このとき、私はこう思いました。

 「この人は意識もない訳だし、どんなに整った環境を提供しても、何も感じないのでは…? それより、さっきの人は意識もあったし、あの人の方にもっと整った環境が提供できれば良いのに…」

 どうなのでしょう? こんなところで貧富の差というものを目の当たりにしてしまった気分です。しかし、訪問看護もビジネスであるし、家庭の事情も様々であるし…何がいけないとも言えません。でも、私は何か納得がいきませんでした。

 そこで、私は他のメンバーからも意見をもらいたいと思い、カンファレンスで問題提起しました。私は学生間で話し合いがしたかったのですが、出しゃばりな訪問看護ステーションの所長さんが私たちに答えを提示しました。

 それは、「たとえ暗く寂しい部屋でも、あの人は在宅での療養を望んでいるのであって、決して施設に行きたいとは言わないのです。看護者の勝手な価値観で良いと判断したことが、利用者にとっても同じように良いことは限りません。」

 …ということでした(意訳)。

 確かに所長さんの言っていることは正しいと思いました。「施設の方が良いのでは?」というのは、あくまで私の価値観で判断した答えであって、利用者本人の意志は確認していません。だから、所長さんは正しいと思います。

 ただ、私は未だに納得ができていません。なぜなら、利用者本人の口から「自分は在宅で療養したいのだ」ということを聞いていないから。所長さんは長い付き合いがあって、その利用者のことを分かっているのかもしれませんが、私は単なる実習生で、一度しか会っていない利用者のこと…利用者の本心を聞きたいと思いました。それこそが実習であり、私にとって大切な学びになると思ったのですが…。

 結局、そのような機会は与えられず…一応、担当患者さんを変更してもらえないかとも聞いてみたのですが、すでに組まれたスケジュールを修正するのは難しいし、看護師になれば患者を選ばず担当になった患者の看護をするのだから…と。

 あの人は今も、暗く寂しい自分の部屋で、幸せに療養しているのだろうか…?



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