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職業としての看護

2000/01/03(Mon)

 現在、看護を学び始めて思うこと。これが本当に自分の天職なのだろうか…という迷い。

 私は看護が好きだから看護の道を歩んでいるのだろうか?

 正直なところ、たくさんの課題や実習に追われることにストレスを感じる日々…。今の段階で、「看護を好きか?」と聞かれたら、「好きではない」と答えてしまう。もちろん嫌いではなし、すばらしい進路だと思うけど、胸を張って「看護が好きです!」と言う気にはなれない。

 現段階では、ほとんど講義しか受けていない状況だから、本当の看護をわかっていないだろうし、これから実際に患者さんと接する機会が増えていけば、看護の良さをもっと理解できるのかもしれないけれど…。

 以前、就職を控えた看護学生の友達から手紙をもらった。その中に、「今の生活やだー。看護以外の道に行こうかなー。」らしいことが書いてあった。本人としては冗談のつもりだったのかもしれないけれど、そのとき私はこう思った。

 「そんなに嫌なら何も我慢せんでも別の道に行けばいいのでは?」

 そう思ったとき、では自分はどうなんだろうって考えた…。よく考えると、やはり私も看護が好きだからではなく、人の役に立つことがいいことだから看護を目指しているということにきづく…。

 「アレ? それって同じようなもんじゃないの? 好きでないのに良いことだから看護をやるって、結局は我慢してやるってことかな? それは私にとって最上の道なのかな?」

 という迷いのようなものが…。

 もちろん、この進路を選ぶに当たって私はよ〜く考えた。男ながら看護を選ぶにはそれなりの勇気が必要だったのです。そして、悩んだ結果、本当に看護が良いと思ったから、今に至るわけだけど、その選択肢の根本には「大学」というものがあった。恥ずかしながら学歴を無視できずにいたということですね。

 大学で最も学びたいことは看護。これは間違いないけれど、学歴とか世間体とか全く考えなかったら、どうなんだろう?って…。

 実は汗まみれ・泥まみれで牧場で働くのが性に合ってるかもしれないし、油まみれでバイクをいじくってるのが性に合ってるのかもしれない。自分が本当は何をしたいのだか、よくわからなくなっている。



 ある友達が言っていた。「人間というのが根本にあるから、1人1人に違った看護ができるというのが面白いと思う。」

 これは私も同感できる。アルバイトとしてやっていた家庭教師や塾講師の経験からである。当然のことながら生徒にもいろいろな子がいるわけで、それぞれの生徒に合った指導の仕方などがある。確かに、ひとつの型にはまってないということはおもしろい。

 それに、自分の生徒がいい成績をとって明るい顔して来ると、私としてもうれしいし、悲しい顔していると私も悲しくなってくる。人と接する仕事の楽しさは、こういうところにあると私も思う。



 私が医療、特に看護という進路を目指した根本的な理由として、

 「自分の目の前に苦しんでいる人がいるとして、今の自分に何ができるだろう? 何もできない。そしたら私はすごく後悔するんじゃないかな? 特に、それが自分の家族だったり、友達だったり、愛する人だったりしたら・・・」

 「今、自分が良いことだと思っていること(ちょっとした人助け)を当たり前のことだと思えるような人間になりたい。」

というのがあった。

 つまり私は「看護」を職業というより、実生活に役立つ知識・技術と考えているのかもしれない。

 こんな程度の思い入れでいいものなのかな?と、ちょっと疑問。。。

 「自分にとって素晴らしい進路=自分に合った進路ではない」ということを感じ始めた私。同じように感じる看護学生はいないでしょうか?

トシ



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