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強さ
強 さ

2001/05/26(Sat)

 本当に『強い』とは、どういうことを意味するのでしょうか? 辛いことがあっても挫けずに頑張れること…確かにこれも一つの強さと言えるでしょう。では、辛いときに素直に「辛い」と言えること…これはどうでしょう? 弱音を吐いているから弱さを示しているのでしょうか? 私は違うと思います。人に弱音を吐くのもまた、強さが必要なことだと思います。弱音を吐くことは、決して悪いことではありません。弱音を吐くことは、後退していることを示すのでしょうか? 私は違うと思います。他人に励まされ、もしくは何かアドバイスをもらって、自分だけでは進めなかった前へと進もうとすることだと思います。自分だけで悩みや辛さを抱え込み、その重さが故に前に進めなくなるより、よっぽど強さを持った称えるべきことだと思います。自分だけで何とかしようとすること…これこそある意味で弱さを示すものだと思います。

 私は小学生の頃、いじめられていましたが、いじめられて帰った日は、泣きながら母に「○○くんにいじめられた。」と話しました。別に話すことでいじめを解決する糸口を見つけようと意識していた訳ではありません。母にいじめを止めてくれと頼んでいた訳でもありません。ただ、私の話を聞いて欲しかった。私がいじめられていることを知っていて欲しかった。自分のことを心配してくれている人がいる…そう思うだけで、少しは気持ちが安らぐものです。

 優しい人の中には、相手に心配をかけたくないからと言って、一人で悩みや辛さを抱え込む人がいます。でも、本当に悩みを解決したいと願っているのなら、辛さを乗り越えようとしているのなら、時には他人を頼ることも必要です。相手に心配をかけたくないというのは言い訳に過ぎません。その人は恐れているのです。話しても何も変わらないと諦めているのです。いくら相手に心配をかけようとも、最後に解決するのは自分だと分かっているから、話すことで自分が頑張らなければならなくなることを恐れているのです。

 中には、周りに弱音を吐けるような人がいないからと言って、一人で悩みや辛さを抱え込む人がいます。でも、それは弱音を吐く相手を探す努力を怠っているだけです。弱音を吐いたこともないのに、初めから話しても無駄だと諦めているだけです。必死に探したら、絶対に貴方を支えてくれる人が見つかるはずです。一人に話してもダメなら、他の誰かに話してみたら良いのです。もちろん、それには大変な勇気がいるのでしょうけど…人に弱音を吐く勇気を持って欲しいです。

 …上の文章を読んで、「苦労を知らないお前が何を言うか? 何も分かっていないくせに…。」と思う人がいるかもしれません。でも、私も小さい頃にいじめられて育った人間、病気と共に生きることを余儀なくされた人間…辛いことだってあります。でも、私は何とか前に進もうと努力してきて、今を私なりに生きているのです。何もせずに今を生きている訳ではありません。

トシ


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