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親の仕事

2001/08/25(Sat)

 最近では多少は収まってきたのかもしれないが、世の中は学歴社会なんて呼ばれている。はっきり言って私も学歴社会の人間なのだろう。しかし、よく耳にする子どもの塾通いなどはどうかと思う。はちまきを巻いて、「絶対合格するぞ!」なんて叫んでいる子どもなどは可哀相で見るに堪えない。

 もし子どもができたとしても、私は「勉強」を強要する気はない。でも、馬鹿な人間に育ってもらうつもりもない。少し分かりにくいかもしれないが…とにかく、子どもは遊んでいれば良いと思う。…と言うより、子どもは遊ばなくてはいけないと思う。「子どもは遊ぶことが仕事」みたいなことを耳にすることがある。少し意味合いが違うかもしれないが、「かわいい子には旅をさせよ」という諺もある。まさにその通りだと思う。

 頭の良い人間を育てたいのであれば、それだけ子どもの頃から色々なことを学んでもらう必要がある。それは正論である。しかし、何を勘違いしたのか幼い頃から机上の勉強をさせる親がいる。それは絶対に間違っていると思う。

 小さな部屋に閉じ込め、電灯照明のもと、冷暖房完備された快適な温度で、イスに座って机に向かったままで、子どもたちに何を学べというのだろう? 何も学べやしないであろう。しかも、子どもの勉強することと言ったら、すでに答えが決まっていることばかりである。それでは、子どもの豊かな発想力などを削ぎ落としているようなものだと思う。可哀相である。

 それよりも、外に出て走りまわっている方が明らかに学ぶことが多い。世の中にはいろんなことがある、いろんな人がいる、いろんな場所がある…そういうことを身をもって知ることができる。夏の暑さやら冬の寒さやら…陽射しの眩しさやら夜の暗さやら…草木の匂いやら土の感触やら…風の気持ち良さやら虫の鳴き声やら…何もかもが子どもにとっては新たな学びである。

 例えば、外で遊んでいたら何か見知らぬ虫に出合った。突付いてみた。動かなくなった。どうやら死んでしまったらしい…これが子どもにとっての学びである。このとき、親の仕事は虫の名前を教えることではない。殺してはダメだと叱ることでもない。ただ、可哀想なことに死んでしまったようなので埋めてあげよう…とすれば良いのだ。

 また、近くに大きな道がある。そのとき、「この道路は危ないから渡るな」と教える親がいる。しかし、それは間違っている。どうしたら安全に道路を渡れるのか、それを教えるのが親の仕事である。

 私がもし親になったら、子どもと一緒にセミの幼虫が成虫になるのを一晩かけて観察したいと思っている。ちょっとした夢である。少なくとも私は、親と一緒に成虫になるのを観察した覚えがある。ちょっと奇形をもって生まれたセミだったけれど…次の日、元気に飛び去って行った。私にとっては大切な経験だったと思う。

トシ


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