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強制医療

2000/01/03(Mon)

 私が現在の医療について思うことは、「ちょっと強引すぎじゃないかな?」ということ。

 治すために他に良い手段がないということで、仕方がないと言えばそれまでなのだが、はっきり言って苦しい。一時的な苦しみは病気のそれを凌ぐ。

 例えば、普通に行われている胃カメラの検査でも相当に苦しい。もう勘弁してくれって感じです。でも、医療関係者たちは、「胃カメラは昔と比べて相当に小さくなってるから、そんなに苦しくないでしょう?」みたいなことを言う。

 大抵の医療関係者はそうなのだろうけど、自分が経験していないことを患者に実践している。自分は一度も経験していないのだけれど、人には何度もやっていることだからといって、その処置を理解できたつもりでいる。

 でも、実際は経験してみないとわからないこともいっぱいある。もちろん、同じ処置をしても苦しいと感じる人とそうでない人がいるでしょう。

 胃カメラを苦しいと感じたのは、もしかしたら私に根性がないからなのかもしれない。しかし、何と言われようが実際に私は苦しいと感じたのです。それを理解できないような人に私の看護・治療ができるのかどうか疑問です。

 看護を学び始めてから、『コミュニケーション技術論』という講義の中でこのようなことについて習いました。…ということは、たまたまその医療関係者に教養が足りなかったということでしょうか?

 実際の話、しっかりわかってくれる看護師さんもいますが、そうでない看護師さんもいます。自らが経験していないことに心から共感するのは難しいことなのでしょうけど、良い看護を目指そうとするのなら、是非、患者の気持ちを尊重できるようになってほしいものです。

 また、私はそのような看護ができるようになりたいと思っています。



 私は以前、診察の途中で帰ってしまったことがある(自分で言うのも何だが、私は頑固オヤジのような人間なのだ)。これから少し、そのときの話をしたいと思います。

 それは私が看護を目指す原因となった高校二年のときの話。最初はお気に入りの小さな医院で診てもらった(受診は下血による)。しかし、入院施設を持たない小さな医院では対応し切れないということで、某総合病院を紹介され、緊急に入院して精密検査を受けるように言われた。

 言われるがまま、その紹介された病院に行ったのだが、そこの医師の態度にキレた。その病院の雰囲気からして陰険で、清潔感がないというのも関係しているのかもしれないが…。

 とにかく、その医師は完全に“物”に対しているような事務的な態度で診察していた。表情ひとつ変えず、こちらの苦痛など御構い無しにただ命令するだけ…。

 そのとき、私は考えた…

 「私は今、危機的な状況にある。この状況をこの医師に託していいのか? 高度な施設や知識があると言われても、私はこの医師を信頼することができない。だったら、少しくらい未熟な施設でも信頼できる医師のもとで治療する方が私のためではないのか?」

 診察の途中ではあったが、私はそのまま帰ることにした。そこでその医師がとった行動は、また驚くべきものだった。

 診断もできていないのに薬を出してきたのだ。それも4週間分。完全に間違っている。(一度に出して良い薬は2週間分まで。)

 結局、私はもとの小さな医院に戻り、3週間ほど毎日通って治しました。総合病院でもらった薬も、信頼できる医師に見せて説明をしてもらいました。

 この経験から私が感じることは、「もっと患者に選択肢・権利を与える必要があるのではないのか」ということです。

 『患者中心の医療・看護』と口では言っているものの、現在の医療・看護というものは結局、医療関係者中心になっていることが少なくないと私は思います。

 まあ、とにかく無理したけど死ななくてよかったです(汗)

トシ



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