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人の死に対面して

2002/06/17(Mon)

 看護師になって2か月ちょっとが経過した頃、勤務が終わってナースステーションで記録を書いていると、一人の看護師がポータブルの心電図モニターを取りに来た。ある患者さんが危険な状態とのことだった。

 その患者さんは、もともとナースステーションで確認できる心電図モニターもつけていたので、その波形を見てみると…ちょっと変な波形をしていた。まだ未熟な私にも、その患者さんの波形がおかしいということはすぐに分かった。

 「波形がおかしい」…呟くと、先輩も「ホントだ、おかしい!」と…。そのままモニターを見ていると、どんどん波形が変わっていく。心拍は160くらいに上がり、ただ上下に振れるだけの波形になっていった(心室性頻拍:VT)。

 その後、波形は徐々に力を失っていき、徐々に平坦になっていく…そして最後には、全く振れることのない平坦な線になってしまった。心拍数0…「ARREST(心停止)」の文字が点滅していた。

 別チームの患者さんだったので、あまり情報を得ておらず、それほど危険な状態だとは知らなかった。確かにその日は自動血圧計のアラームが鳴りっぱなしだったけど…かなりショックだった。特に力尽きていく心臓の動きをモニターで見続けていたから…

 人はこうして息絶えていくのだな…そんな気分でいっぱいになってしまった。悲しい…別に何の思い入れがある患者さんでもなかったのだけど、やはり人が死ぬというのは悲しい。

 患者さんが亡くなったとき、涙を流すことは専門職としてあってはならないこと…そんな話を聞いたことがある。しかし、私は納得できない。患者さんが亡くなったら、悲しくて涙を流すような看護師であり続けたい。場合によっては、半ばパニックとなって泣き喚く家族と一緒になって涙を流しても構わないと思う。

 もちろん感情的になって看護師として果たすべき仕事ができないようではダメだと思うけど、私たちが一緒になって涙を流すことで、家族も少しは心が安らいだりしないだろうか?なんて思う。患者さんが亡くなることに慣れて、“また患者さんが一人亡くなった”などと考える看護師には決して成り下がりたくない。

 歳をとっておじさんになったとしても、患者さんが亡くなったことを悲しみ、涙を堪えながらケアを続ける看護師でありたいと、私は思う。

トシ



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