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看護観の変化

2002/06/21(Fri)

 看護師となってもう2か月と3週間が経過した。学生時代にはイメージでしかなかった看護師の仕事が、だいぶ身に染みて分かるようになってきた。そこで今一度、自分の看護観について振り返ってみたい。

 学生時代の私は、決してICUや手術室には行きたくないと思っていた。外科も大嫌い。なぜなら、それらの部署では、私の目指す「患者さんを支える看護」という感じではなく、「患者さんを観察する看護」という感じがしていたから。

 ただ、今になって思うのは、患者さんを支えるためには、患者さんを観察する技術も非常に大切だということ。患者さんのことを考えてあげるためには、患者さんのことをよく分かっていなければならない訳で、患者さんの今の状態をうまく把握できていないようでは、決して良い看護はできないと思うのである。

 例えば、ICUから転棟してきた終末期の患者さんがいる。今の私は、その患者さんに対して「怖い」という感情を抱いて避けてしまう。「私には看れない…」そんな弱音が出てくる。確かに今の私の知識や経験では、受け持つことは難しいだろう。でも、そんなことでは一人前の看護師とは言えない。

 患者さんが危ない状態であればあるほど、私たちがしっかり見守る必要がある訳で、そのような患者さんを避けているようでは、ダメだと思う。心を支える看護…それももちろん大切だけど、それだけが看護ではなくて、心身ともに見守り支えるのが看護であると思えてきたのである。

 今の内科で、ある程度ケアというものを経験できたら、今度はICUに行ってみるのも良いかもしれないと思い始めてきた。別にICUで働きたい訳ではないが、重症者でもしっかりと看てあげられるような知識と経験が欲しいのである。勉強のために…なんて言うと動機が不純なのかもしれないけど、何年間か修行を積むには最適の環境かもしれないと思う。

トシ



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