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私の看護観

2003/09/11(Thu)

 看護師になって1年と半年が経過しようとしています。学生時代には、ぼんやりとしていた自分の看護観というものが、かなりはっきりしてきたように思います。まだ老年科と神経内科という2つの科しか経験していませんが、私がしたい看護はALSの看護にあるように感じました。

 ALSとは、筋萎縮性側索硬化症という病気のことで、全身の筋が徐々に萎縮していってしまう病気です。たいていは四肢のどこかから脱力が起こり、最終的には自力で身体を動かすことが全くできない状態になります。そして、物を飲み込む筋肉や、呼吸をするための筋肉まで動かなくなってしまいます。筋肉が萎縮していく以外、基本的に症状はなく、ALSが原因で血圧が変動したり熱が出たりすることはありません。頭もクリアなままです。難病中の難病と言われている病気で、超有名な病気なのに治療法が全く確立されていません。呼吸筋まで麻痺してしまうため、放置すれば死が待っています。

 ALSでは進行してくると、自分では身体を全く動かすことができなくなるのですが、頭は非常にクリアです。よって、いろいろな欲求を自分では満たすことができないため、他者がさまざまな介助をしなくてはなりません。はっきり言って、進行したALS患者が病棟にたった一人いるだけで、看護者の負担は激増します。そのため、ALS患者に対してマイナスの印象を持っている看護者もいます。

 しかし、私がしたいのは、そのALS患者の看護です。ALS患者の看護は非常に奥が深いです。呼吸筋麻痺が進んでくると、人工呼吸器をつけるかどうかを決断しなくてはならなくなります。人工呼吸器をつければ、5年・10年という単位で生きることができます。ただし、その何年もの間、ずっと寝たきりで、自分では指先を少し動かすことすらできない状態が続きます。話すこともできないため、目で文字盤を追って他者に自分の意思を伝えます。最終的には目も動かなくなるため、他者に自分の意思を伝えることすらできなくなります。それでも、頭はボケたりしません。まるで植物人間のように見えるけど、私たちと同じように五感が働いているし、考えることもできます。そんな状態が何年も続くとしたら…想像もできないほど、辛いですよね。だから、人工呼吸器をつけないという決断をする患者さんもたくさんいます。ただ、人工呼吸器をつけなければ、まともに息を吸うことができず、苦しくてたまらない…そんな状態がしばらく続きます。人工呼吸器をつければ楽になれる、そう分かっていても断じて呼吸器をつけずに亡くなっていく患者さんもいます。

 どちらにしても、辛い辛い決断になると思われます。実際、患者さんは本当に悩まれます。もし自分がALSになったら?あなたなら、どうしますか?想像もできないことでしょう。私は、受け持ちであったALS患者に、この質問をされました。答えに困りましたが、正直に答えました。「私なら、息苦しさに耐えられずに呼吸器をつけてしまうでしょう。」と。

 ALS患者さんは、例えばこんなことまで悩まれます。「人工呼吸器をつければ、もっと長く生きられるのに、つけずに死を選択するということは、倫理的にはどうなのでしょうか?」…涙される患者さんの横で、私まで涙が流れてきます。1時間も2時間も、時間を惜しまずに患者さんと話をしました。もちろん勤務中にはできないので、勤務が終わってからということになってしまいますが。

 私がしたい看護というのは、治療法がない患者さんの、限られた残りの人生を、その人らしく生きられるように援助するような看護です。例えば、身体は全く動かせなくても頬のわずかな動きだけでパソコンを操作することができます。それでホームページを作ったり、ビジネスをしたりしている方もいます。人工呼吸器がついた状態で、友達と旅行したりして楽しんでいる方もいます。身体の機能が失われたからと言って、それで終わりって訳ではなくて、あとは寝たきりのまま暮らすって訳ではなくて、残りの人生をどう生きていくか、どうしたらもっと自分らしい生き方ができるのだろうって、そんなことを患者さんと一緒に考えて生きたい。そのためにも、まずは自分の疾患を受け入れて、治らないということも受け入れて、新たな一歩を踏み出す必要があるのだと思います。その一歩を踏み出すのも容易なことではありません。でも、生がある限りは、生きている喜びを感じて欲しい。死が身近にあることよりも、今は生きている、そう考えられたら、素敵だと思います。私は看護者として、患者さんの苦しみを少しでも軽減して、その人らしく生きていけるように援助していきたい。つらいことはたくさんあるけれど、それでも生きていて良かったと思える瞬間を、患者さんには持ってもらいたい。病気に負けず、塞ぎこむのではなくて前を向いて生きていてもらいたい。簡単なことじゃないけど、そうあって欲しい。私はそのためのお手伝いをしていきたい。

トシ



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